
2006年、トリノオリンピックで荒川静香さんが優勝し金メダルに輝いた時の勝負曲「トゥーランドット」。2018年にも、宇野昌磨さんがフリーに使用して平昌オリンピックで見事銀メダルを取得しました。
そんな日本フィギュア界の栄光の歴史とともにある「トゥーランドット」。まずどんなオペラなのか見てみましょう。どんなプログラムにも背景はあります。
あらすじ:
1幕)亡国の王子が北京にたどり着き、美しいトゥーランドット姫に一目ぼれする。しかしトゥーランドット姫は求婚する者に謎解きの試練を行い、失敗するとかたっぱしから斬首刑にかける恐ろしい氷の姫だったのだ。試練に挑もうとする王子を止める父王と侍女のリュー。
2幕)名前のわからない王子は謎解きを見事クリアする。狼狽し、結婚したくないと訴える姫。そんな姫に「明日の朝までに私の秘密の名前を当てることが出来たら私を殺して良い」と王子は告げる。
3幕)名前を求めて困り果てる姫と民衆は、名前のわからない王子の知り合いと思われる老人とリューを見つけ出し、彼の名前を教えろと拷問をする。リューは彼を愛しており、その名前は私の心にとどめると言いながら自ら死を選ぶ。その行為が姫の心をゆらがせる。王子は姫にキスし、カラフという名前を告げる。そして、私はあなたのものだ、殺してもいいとたたみかける。そして夜が明けた時、とうとう愛に目覚めた姫は「この男の名前は、愛!」と愛を王と民衆の前で宣言する。
なかなかツッコミがいのある内容ですが、まぁオペラなんてそんなもの。同じプッチーニの蝶々夫人よりマシだと思います。リューは屈指の負けヒロインですね!
荒川静香のトゥーランドット
さて、2幕の最後に名前のわからない王子=カラフ王子が歌うのが超有名曲「誰も寝てはならぬ」(Nessun Dorma/ネッサン ドルマ)です。荒川静香さんの五輪のプログラムで後半に使用されている曲です。
↑改めて見ると3Lzがめちゃくちゃキレイですね~~。ちなみにプロトコルはこちら。当時はシングルでボーカル入りの曲の利用は禁止されていたためオーケストラ版ですが、それから12年後、2018年平昌オリンピックでの宇野昌磨さんのトゥーランドットは後半からボーカル入りでした。
宇野昌磨のトゥーランドット
前半の曲は荒川静香と同じオープニング曲ですが、後半は「誰も寝てはならぬ」だけではなく、3幕最後、つまりオペラ全体のフィナーレ部分を使っています。
ボーカルが入るところはイタリア語で、こんな感じの歌詞です(コピペしているうちにアクセント文字が失われてる場合があります…)
(「誰も寝てはならぬ」より)
名前のわからない王子: Nessun dorma! Nessun dorma!(誰も寝てはならぬ!誰も寝てはならぬ!)
(曲スキップ)
Ma il mio mistero è chiuso in me, il nome mio nessun saprà!(私の胸に秘密はとどまり、誰も私の名前を知らぬだろう。)
No, no, sulla tua bocca lo dirò,(いいえ、私はあなたの唇に告げるつもりだ)
quando la luce splenderà!(朝日が輝く時に)
コーラス: Il nome suo nessan sapra, E noi dovrem, ahime, Morir! Morir!(誰も彼の名前を知らない、ああ、私たちは、死ぬのだ!死ぬのだ!)
名前のわからない王子:Dilegua, o notte! Tramontate, stelle! Tramontate, stelle! (夜よ明けよ!星は去れ!星は去れ!)
All’alba vincerò! vincerò, vincerò! (夜明けに私は勝つのだ!勝つのだ!勝つのだ!)
(3幕のフィナーレより)
コーラス:O sole! Vita! Eternità!(太陽よ!命よ!永遠よ!)
Luce del monde e amore!(世界と愛の光よ!)
Ride e canta nel sole l’infinità nostra felicità!
(太陽の下で笑い、歌おう、私たちの無限の幸福よ!)
Gloria a te! Gloria te!(栄光をあなたに! 栄光をあなたに!)
(*プログラムでは編集により一部がスキップされています)
なお、コーラスは舞台上では北京の民衆の皆さんであり、トゥーランドットの臣民だということを念頭に置いてください。
実はリューが死んだ後のシーンを完成できないままプッチーニは亡くなったので、3幕の後半は別の方が作曲して、オペラが公開されたそうです。このフィナーレはメロディ的には「誰も寝てはならぬ」のフレーズが流用されているので、「誰も寝てはならぬ」とつなげていても、何も違和感はないですね。
鍵山優真のトゥーランドット(26/01/29加筆)
このフィナーレ部分を含め、3幕後半のリューの死より後は、プッチーニが作った部分と比較していまいちだという評判があるそうで…最近、プロットは同じままにその部分を改めて作り直すことに挑んだのがアメリカの作曲家、クリストファー・ティンさんです。そのバージョンは2024年にワシントンナショナルオペラで上演され好評を得ました。(Christopher Tin 公式サイトリリースより)
クリストファー・ティンさんについては、スケートファンはご存じの方も多いと思います。24-25の吉田陽菜選手SP「Dark Clouds」、島田麻央先季FS「窓から見える」、とローリー・ニコルが曲を選び振り付けをしていたプログラムの作曲家です。まさか彼が、イタリアのオリンピックに向けていかにも日本選手が選びそうな王道の曲にかかわっていたとは…!なんという偶然…!いや、ローリー、もしかしてもうかなり前から狙ってました??
そして、鍵山優真版トゥーランドットは、このクリストファー・ティンさん作り直した部分のみを使っています。ということは、2幕の「誰も寝てはならぬ」の部分はダイレクトに使われてないんですね~。
しかも、この部分はプログラム発表当時、音源が一切発売されていなくて、今レコーディングしてます~って話になっており、プログラムの披露の時もボーカルはコーラスのみでした。あらためて夏ごろの動画を見るとここだけしか音声が入っていません。
コーラス:
O, clemente Turandot, voi siete il cuore del popolo.
Il sole riscalda il suolo della terra.
Lascia che i fiori dormienti sboccino di nuovo, lascia splendere ancora l’amore.
L’amore Il sole del mondo!
このコーラスの部分はクリストファー・ティン版の舞台の本当に最後のところです。歌い出しの「O, clemente Turandot(オー クレメンテ トゥーランドット)」のところのメロディは、「誰も寝てはならぬ」のメロディを流用した、いままでの3幕フィナーレの部分とよく似ています。このゆまち版プログラムを鑑賞しはじめた時に「あれ?トゥーランドットのはずが知らない曲だな?」と思う方も、このコーラスのところに至れば「おお、やっぱりトゥーランドットだ!」となるわけですね。
プログラム曲はシーズンが進むごとにだんだん変更が加えられ、歌の部分がかなり追加されました。1月に公開されたティンさんのYoutubeの解説で歌詞も明らかになったので、順に見ていきましょう。
プログラム自体は、こちらの動画で言う12分30秒あたりからのファンファーレ部分からはじまりますが、その後は10分目あたりのトゥーランドットとカラフ、二人きりのシーンに戻ります。
名を明かしたカラフが、トゥーランドットに選択を迫り語りかけるところになります。
カラフ:
Che oggi sia l’alba dell’ Imperatrice Turandot la Clemente!
Clemenza o morte? Quale sceglierai? Quale sceglierai?
(今日が慈悲深き女王トゥーランドットの夜明けになりますように。慈悲か、死か…あなたはどちらを選ぶ?どちらを選ぶのか?)
曲調が変わり、トゥーランドットは逡巡の上に、カラフにキスをします。プログラムで言うと、3番目のジャンプのあと左右を見渡し4番目のジャンプへ→スピン→抱きしめイーグルのところですね。劇的な音楽は、ワーグナーのトリスタンとイゾルデの「Liebesruhe」と「Liebestod(愛の死)」からモチーフを取っているとコメントがあります。
曲は飛んで、フィナーレの民衆たちとのシーンへ。ハッピーエンドへ突き進みます。
コーラス:Pace alla nostra terra di nuovo! L’alba di una nuova era!
(平和がわれらの地に戻った!新しい時代の夜明けだ!)
この後はかなり元の音を音節レベルで編集しているようではっきりどこが取られているか聞き取れていないのですが、トゥーランドットの命令が響きわたり、民衆が驚きながらそれに応える掛け合いのようなシーンです。
トゥーランドット:Troppo sangue e stato versato(多くの血が流れた)
コーラス:Troppo sangue!(多くの血!)
トゥーランドット:Sangue in nome di Turandot!(トゥーランドットの名のもとに)
コーラス:Troppa morte!(多くの死!)
(中略)
トゥーランドット:Non piu! Posa la tua lama!(もう止めよ!剣を下ろせ!)
コーラス:Niente piu boia! Ah! Le Porte! Puo essere(処刑は無し!ああ!門が!そんなことが!?)
そしてみんな大好きセカンドループジャンプを経て、物語はクライマックスへ!
コーラス:
Che oggi sia l’alba dell’ Imperatrice Turandot la Clemente!
(そして今日は、慈悲深きトゥーランドット皇后の夜明け!)
E compassióne saggezza e forza lei è l’amore. La nuova alba di Turandot!
(慈悲、知恵と力。彼女は愛そのもの。トゥーランドットの新しい夜明け!)
トゥーランドット&カラフ:
In questa bella notte, mostreremo alle stelle, come essere liberi!
(この美しい夜に、星々に見せよう、自由になる方法を!)
これはもう二人の勝利宣言です。コレオとステップシークエンスで勝利の舞。
コーラス:
O, clemente Turandot, voi siete il cuore del popolo.
Il sole riscalda il suolo della terra.
Lascia che i fiori dormienti sboccino di nuovo, lascia splendere ancora l’amore.
L’amore.Il sole del mondo!
(ああ慈悲深きトゥーランドットよ、あなたは人々の心!
太陽は地球の大地をあたためる。眠っていた花々を再び咲かせよう、愛を再び輝かせよう。愛よ、世界の太陽よ!)
ティン版は現代らしく「トゥーランドット」という固有名詞を連呼するのがわかりやすくていいですね。最後のクライマックスのところ、イタリア語の歌詞を全部日本語表記+和訳とつけると、こんな感じです。
コーラス:
ケーエ オッジ シ エ ラルバ デリ インペラトリーチェ トゥーランドット ラ クレメンテ!(そして今日は、慈悲深きトゥーランドット皇后の夜明け!)
エ コンパッショーネ サジェッツァ エ フォルツァ レイ エ ラモーレ(慈悲、知恵と力。彼女は愛そのもの)
ラ ヌオヴァ アルヴァ ディ トゥーランドット!(トゥーランドットの新しい夜明け!)
トゥーランドットとカラフ:
イン クェスタ ベラ ノッテ(この美しい夜に)
モストレレモ アレ ステレ(星々に見せよう)
コメ エッセレ リベリ!(自由になる方法を!)
コーラス:
オー クレメンテ トゥーランドット(ああ慈悲深きトゥーランドットよ)
ヴォイ シエテ イル クオレ デル ポポロ!(あなたは人々の心!)
イル ソーレ リスカルダ イル スオロ デッラ テッラ(太陽は地球の大地をあたためる)
ラッシャ ケ イ フィオーリ ドルミエンティ スボッチノ ディ ヌォヴォ(眠っていた花々を再び咲かせよう)
ラッシャ スプレンディレ アンコーラ ラモーレ(愛を再び輝かせよう)
ラモーレ イル ソール デル モンド!(愛よ、世界の太陽よ!)
オペラ全体を通して鑑賞してみると、歌詞で星がどうとか言ってるときは、コーラスである民衆のことを暗喩している気がしました。トゥーランドットは太陽なんです。なので、鍵山優真版をトゥーランドットを見るときは、北京のトゥーランドット姫の臣民として、星になった気分で演技者と彼がおいかける幻のトゥーランドット姫を見守り、コーラスのところを心の中で歌いたいものです。あと、イタリア語って英語より歌いやすい気がします。
クリストファー・ティンさん、チーム鍵山優真に全面協力ありがとうございます!!
日本の観衆は鍵山・カラフ・優真王子についていきます!
以上です。あ、ミラノ五輪曲を考えるシリーズ、その1の記事はこちらです。良かったら読んでくださいね~


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